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小説「霊南坂の星条旗」その23 BY KIKUYA FUNAYAMA

季節ワーカー ]

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投稿  09年05月27日 13:15:38  |  最新の更新  09年05月27日 13:15:38

 アリス夫人のきめ細やかな優しい心遣いは、いたるところで発揮されていた。
武蔵野の自然が好きで、よく散策に出かけたが、そんなときでも、村山貯水池に水が少ないことに気が付くと、帰って来てから使用人たちに、
「せめて私たちだけでも節水を心がけましょう。私たちが水を無駄に使えば、他のどなたかがお困りになるでしょうから」
う言うのが常であった
貞吉は大使付きが本来の任務だが、大使は公邸と同じ敷地内にあるチャンセリー(大使館事務所)で午前と午後を公務で過ごしている。その間、アリスの御用を務めるのも貞吉の公務である。その貞吉にアリスはよく話を聞かせてくれた。
「私が東京に来た明治二十九年ごろは、まだ江戸時代の名残を色濃く残していました」
ペリー家に出入りの若衆たちは、襟もとにペリーと印し、背中には丸にPの字を染め抜いた揃いの法被(はっぴ)を粋に着込み、腹掛け、股引き姿で威勢よく人力車を走らせていた。
「私の母は若いころから画家を目指していた人で、毎日のように絵筆をふるい、暇をみては私を連れてあちこちスケッチに行っていました
アリスの母がとくに好んだ画題は富士山だった。
「なかでも御殿場から仰ぐ富士山がお気に入りで、この絵がその内の一枚なのです」
、公邸の書斎に飾られているその絵を示した。なお、この絵は今でも掛けられている。
「東京の下町もお気に入りの場所で、私を連れて本所四つ目の牡丹、亀戸井戸天神の藤、堀切の菖蒲、ときには春日部まで足をのばし、それはそれは東京の余暇を楽しんでいました」
多感な年頃のアリスの心は、素朴な日本人たちとの日々の触れ合いで、すっかり日本に溶け込んでいった
「私が大好きだったのは、浴衣を着て、団扇を持ち、縁台で夕涼みをすることでした
風鈴の音に耳を傾け、心地よい涼しい夕風に頬をなぶらせる。
「そんなとき、ああ、これが日本だなと、しみじみ思ったものです」
大使夫人になった今でも、アリスは蚊取り線香を窓辺にくゆらせ、邸内の庭から吹いてくる涼風に身をまかせるのが好きだった
「日本の心が分かったような気がします
 

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